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2009年1月31日 (土)

堺市LRT基本計画案で架線レス車両採用と市報 広報さかい2月号に掲載

 今日、堺市の市報2月号を見てすこし驚いた。 LRT計画がシャープ工場のできる堺浜まで延長され、LRV(低床車両)の方式を架線レス車両を基本とすると書かれていた。
 堺市のLRT計画書(平成20年12月)とその概要書をインターネットで見ると、架線レス車両の定義として「従来の架線による集電方式に加えて、架線がなくても蓄電池等で走行することができる」と書かれている。
 同報告書のイメージ図をみると殆どの区間は架線が描かれていない。 ただ、堺駅西口から堺浜の間の高架部分については架線が明示されているので、まったく架線のないシステムではないようである。 蓄電池だけで走る電車は世界で初、未踏のことかもしれないから信頼性を考えて高架部は架線をつけるのであろう。 また、既存の路面電車阪堺鉄道との相互直通の必要からも架線集電方式の併用は必要であろう。

 蓄電池で走るLRV車両は鉄道総合技術研究所がリチウムイオン電池を用いたものを研究しているとどこかで読んだことがあるし、川崎重工ではニッケル水素蓄電池を搭載したLRVを商品化したと新聞広告に出ていたように記憶する。

 この基本計画は市民の意見を踏まえてまとめると書かれているので確定ではないが少なくとも日本初の蓄電池車が走りそうな気配である。

 乗用車も一回の充電で80kmとも160kmともいわれる距離を走る蓄電池車が世に出ようとしているので電車の世界もそうなるのであろうか。

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2009年1月30日 (金)

ロンドンの大観覧車ロンドン・アイの非常時対策

 シンガポールの大観覧車「シンガポール フライヤー」が2008年12月23日に、約6時間運転を停止して173人の客を閉じ込めた状態にした事故に関連して、シンガポールのThe Straits Times紙が かって世界一であったロンドンの大観覧車「ロンドン・アイ」に非常時対策を照会した内容が記事となっている。 同紙12月24日付け。

○それぞれ独立の発電機を持つ2つのコンピュータシステムが同期して観覧車を回している。 ひとつが故障しても他系で運転を続ける。

○全停電の状態でも回転体の摩擦が小さいので人手で廻すことができる。ただし、乗客がいるケースではやったことはない。

○最悪の場合、乗客救出のために「rope access team」があるが、この方法を使ったことはない。 原則は故障を修復して観覧車を廻して乗客を安全に降ろすこと。
ロープでカプセルから乗客を降ろす方法であるが、今回の事故では少数例がある。

○各カプセルには「comfort packs」とよばれる、水、毛布、携帯便器が備えられている。
 シンガポールの観覧車にはこの種の装備はなかった。

○各カプセルと指令センターが通話できるテレビつきインターホーン。 これはシンガポールにも装備されていた。

 これから観覧車に乗る時はどうなっているか注意深く見てみたい。

 

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2009年1月28日 (水)

シンガポールの大観覧車営業再開

 人出で賑わう旧正月に間に合うタイミングで 昨年12月23日の長時間停止事故で営業を停止させられていたシンガポールの大観覧車「シンガポール フライヤー」に営業再開許可が警察から出された。
 二つのバックアップが付加され、安全性がドイツのTUV SUD社により証明されたことをうけて警察が1月25日に許可を出し、26日から営業を始めた。

 事故の原因は電気火災で観覧車を動かす駆動システムが全部止まったことによる。 駆動システムは6系統ありそのうち3系統が正常なら動く信頼度の高い設計であったが何らかの理由で全システムに影響が及んだ。
 観覧車のcontractorはMitsubishi Heavy Electricと書かれている。 日本名でどの会社に当たるのかわからない。

 この事故は国会でも問題になったらしく観覧車竣功時の最初の営業許可の詳細について議員の質問に副首相が解答している。
 防火面では消防関係当局、一時占用では建築当局、娯楽施設面では警察、安全性の技術審査面では前述のドイツの技術サービス会社TUV SUDがそれぞれ関わっているようである。
 以上は現地新聞のThe Straits Timesのインターネット版ならびに大阪市中央図書館所蔵の新聞による。 誤訳、誤解釈があるかもしれない。

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2009年1月23日 (金)

新千歳空港の滑走路上でのニアミスの原因報告が出された

 運輸安全委員会から2008年12月16日新千歳空港で起きた重大インシデントについてその原因の報告が出された。 新聞の報道と同委員会の報告書(http://araic.assistmicro.co.jp/jtsb/aircraft/download/pdf2/AI09-1-2-JA8904-JA8020.pdf)によると 新千歳空港B滑走路で待機中の日航機(502便)が管制官の許可のないまま、離陸のための滑走を始めたもので、前方1800mほどに着陸して走行中の別の日航機がいた。
 管制官の緊急停止指令で滑走をとめさせて事なきを得た。
 原因は、管制官のいわば助言「expect immediate take off すぐに離陸を許可するから心の準備をしておけ」をパイロットは immediate take off 即離陸と解して動作を起こしたようである。 報告書をよむとパイロットはexpect は聞こえなかったと主張している。 飛行機の音声記録はあとの情報で上書きされて残っていないとも書かれている。
 管制官側の記録にはexpectは入っている。
 パイロットは核心の情報のみが必要で余計なものはいらないと主張しておられるし、管制官は 親切に状況を伝えるように日頃から教育されていると言っておられる。
 当日雪で、離着陸は円滑でなく管制官は迅速に捌くために一生懸命やっておられたのであろう。

 史上最大の航空機事故は、1977年スペイン領テネリフェ島の空港で起こった管制官と
KLM機の情報交換ミスが原因とされ同機とパンナム機の衝突事故で583人の犠牲者を出している。  安全委員会の報告には参考事項として触れられているが新聞報道では朝日に書かれているのに気が付いた程度である。 管制官の方もこの事故は知らなかったと言っておられる。 
 再発防止のためには起こってしまった悲惨な事故を教訓とすべきと思うのでその注目度の低さはすこし寂しい気がする。 
 
 

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2009年1月22日 (木)

オバマ大統領就任 グリーン・ニューディールとは

 アメリカにとってまた影響を受ける世界にとってオバマ大統領の就任式は記念すべき出来事ととして記録しなければならないであろう。 一連の儀式は眠ってしまって観る事ができなかったし演説を聞くことも出来なかったがニュースでみるワシントンの各所を埋め尽くす熱狂ぶりには驚くほかはない。  小泉元首相にかって熱狂した人々も多かったがこれにはおよばない。

 1920年代終わりから30年代の大恐慌に立ち向かったフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策にならって グリ-ン・ニューディールとよばれる新エネルギー創造で雇用を増やす政策も話題にされている。
 日経紙とニューヨークタイムズの就任演説原稿を対照しながらみると この言葉ずばりは見出せなかったが 

 We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. 

 という件がそれに相当するようである。 「太陽と風力と土(農業から得られるバイオ燃料のことか)を利用して車を走らせ、工場を稼動させよう」と間接的に表現されている。

 

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2009年1月 7日 (水)

資源ごみの収集日

 きょう第一水曜日は住区の資源ごみと呼び習わしている、カンやビンの収集日であった。年末年始分があるのでかなりの量を透明の袋に入れて玄関先へ出しておいた。

 10時ごろ外で掃除をしているときに物音がするので道路方を見ると作業着ではないコートを着た普通の身なりの若いお母さん風の人が乳母車を押しているのが目に入った。 乳母車には赤ちゃんではなくビールの空き缶が積まれていた。
 物音は彼女が各戸が外に出した収集を待つ資源ごみの袋を解いて中からアルミのビール空き缶を選りだしている音であった。
 市の資源ごみ収集車が来る前に、ある意味では横取りする行為であり咎められることもあろう。 誰かに頼まれたアルバイトかもしれないがあまり進んでやりたい仕事ではなかろう。屈強な男の人が車で収集しているの見れば問題視するかもしれないが、今日は複雑な気持ちであった。

 市の収集車が午後の1時ごろに来て残りのビンや缶詰の空き缶などの詰まった袋を持っていった。

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