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2007年11月28日 (水)

自動改札機がIEEEマイルストーン賞を受賞

 米国の電気電子学会(IEEE)が電気電子関連分野において、社会に貢献した重要な歴史的偉業を称えるために制定したマイルストーン賞(里程標賞)に大阪大学、近鉄、オムロン,阪急電鉄が開発した自動改札機が認定された。 日本では、富士山レーダー、新幹線、電卓などに続く7例目となった。 関係者の方々にお祝い申しあげたい。

 この記念講演会を11月27日午後中央電気倶楽部で聴講した。
近鉄とオムロンが共同で日本の駅で必要とする毎分70~80人のお客さんを通すことができる改札機を苦心して開発されたことが紹介された。 近鉄の実験機によるテストは阿倍野橋駅において近鉄グループの社員900名の方が客となって1966年3月10日~4月6日に行われた。
 阪急電鉄では1967年3月、北千里駅に毎分70人のお客さんを通すことのできる改札機を導入した。 

 阿部野橋駅、北千里駅には偉業を称える 掲示板(plaque)が設置されるとのことである。

 これらの開発が元となって 自動改札システムが普及発展してプリペイド式で関西の鉄道横断的な「スルット関西」さらにはPiTaPaカードへと成長してきたのであろう。

 マイルストーン賞の主旨はIEEEのホームページに記されている。

 

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2007年11月26日 (月)

洗浄機能つきトイレ アメリカのタブー

 洗浄機能つきのトイレは多分日本で機能が拡充されて発達したものであろう。痔に悩む人々の支持も大きかったと思うが、いろいろな商品名で売られ大変普及しているが、アメリカでは長くこの種のトイレ( bidet seatsビデシート)はタブーであったと新聞記事で知り、ものの見方、感じ方にこれほど差があるものかと驚きである。

 ビデは18世紀にフランスで発明されたものであるが、イギリス、アメリカへは渡らなかった。 ビデにある種の不道徳感をもったアメリカ人は採用に慎重であり、かってこれを設置したホテルが大衆の反対運動で撤去したこともある。 ビデの普及に打撃であったのは第二次世界大戦でヨーロッパ戦線に来た米兵がこれに遭遇した場所が場所であったので悪い印象を本国に持ち帰ったことである。

 しかし、今、TotoとKohler(米国1位の水まわりメーカー)がこの抵抗に立ち向かっているとのことである。
 米国キッチン・バス協会が2006年に初めて行った統計では、同年米国内で作られたバス(トイレ)530万基のうち65万基がビデ付きとなっている。
 タブーが徐々に破られ米国で日本の洗浄機能付きトイレが大きな市場を獲得するかもしれない。

 以上は週刊ニューヨークタイムズ2007・11・21版より

 

 

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2007年11月24日 (土)

リヤカーの生産台数

 11月23日の日経朝刊文化面に「路傍の夢運ぶリヤカー」と題していまも健在のリヤカーについて、リヤカーを製作する現場の方が書いておられる。
 リヤカーは1920年代前半に考案され、秋葉原の中村銀造氏が量産をてがけ全国にひろまった。  モータリゼーションとともに顧客は減少したが、生産者方のいろいろな工夫により 現在、年平均推定1000台のリヤカーが生産されているとのことである。

 

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2007年11月21日 (水)

赤福製造日改ざん騒動その5 三重県が偽装を組織ぐるみと認定

 日経紙20日夕刊の報道によると、三重県が赤福の一連の偽装や売れ残り商品の再利用は「組織ぐるみ」と認定した。
 何をなにに偽装したのかこの記事では分からない。九州産の肉を但馬牛の肉としたり、ブロイラーを地鶏としていたような偽装とははっきり異なることを新聞は解説すべきではないか。

 赤福の過去2年間の商品の廃棄率が2-3%と極めて低かったとの調査結果が公表されている。環境省なら喜びそうな数字で、ゼロエミッションに近いが、食品となると、消費期限ないし、賞味期限切れ寸前の赤福で作られた加工物をたべさせられていたという印象をもたれることになろう。
 戦争中、敗戦後のような食料難の時代の再来の可能性はゼロとはしない。 赤福モデルがもてはやされる時代が来るのかどうか。

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2007年11月19日 (月)

同窓会疲れ・早すぎる当確

 今は伊勢市の一部となった二見町立二見小中学校を同学年で過ごした者の同窓会を11月7日8日に有馬温泉の有馬ビューホテルで行った。 約150名のメンバー中36名の出席であった。

 これまで、湯ノ山、熱海、下呂、猿投などの温泉でその地域にすむ同窓生が幹事として数年ごとに開いてきたが、今回は関西在住者8名が当番幹事となり進めた。
 その準備、事後の主として写真の処理で思わぬ時間を要してやっと今日、記念写真を添えた礼状を出し終えた。
 集合記念写真以外はCDに収録して同封した。 CDのコピーでは、でこずり、かなりのメディアを駄目にしたが、CDROMライターの間歇的な故障で時々書き込みエラーが発生するものらしい、と気が付くのが遅かった。 

 大阪市長選挙の開票状況を関心をもちながら作業をすすめたが、
驚いたことに、開票1時間前で、投票が終了した午後8時の直後に
平松候補の当確がABCテレビの字幕にでた。
 結果はこの通りになったが、これで良いのかとの思いもある。
 

 

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2007年11月 4日 (日)

スカイマーク機のカート事故

 こんな形の航空機事故もあるのかと思わせる事故である。 事故調の調査官が現地へ派遣されている。
 3日午後7時ごろ、スカイマーク機が羽田着陸時、45kgもある飲食などのサービス用のカートが着陸時の衝撃で、収納庫から飛び出し通路を走り乗客2人に怪我をさせたとのこと。 このような事故は航空会社では想定内のことで訓練も積んでおられるのであろうが、何かの事情で抜かったことが事故として顕在化した。

 これは、ひとごとではない。 自宅前は坂道であるので、孫が乳母車でやってくると、おかあさん手を離さないでと祈る気持ちである。
車のついたものは何かの拍子に思いがけない動きをする。

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大阪市長選挙告示

 大阪市長選挙が告示された。5名の方が立候補された。現職市長の対抗馬とされる候補者のバックの民主党が党首辞任表明で基盤が軟弱化してこれがどう影響するのかも興味深い。
 今回の争点はNHKの報道では「市職員の厚遇問題などを受けて進められてきた職員の削減や、経済界が求める市営地下鉄の民営化」となっている。 気にかかることは現市長が経済界の要望を汲んで民営化を進めることを主張しておられるようにとれることである。
 なぜ、経済界が民営化を求めるのか、その根拠について勉強する機会を多々得られるものと期待したい。

 

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2007年11月 3日 (土)

赤福製造日改ざん騒動 その4 御福餅と赤福

 赤福と類似の伊勢土産「御福餅」にも製造日の「改ざん」等があったと10月30日の新聞に報じられた。

 小学校中学年から中1まで(1948~52)、父の任地であった、三重県度会郡二見町で暮らした。 この町は平成17年に伊勢市に編入された。
 小学校への通学路に御福餅の本店があった。 父が店主と親しかったこともあり御福餅のことはずっと記憶の片隅にある。
 御福餅の店構えは老舗風であったので古くからの菓子屋を思わせた。戦中戦後、砂糖も米も入手困難な時代から復興期に入ったとき、いち早く赤福に似たあんこたっぷりの餅菓子をみやげ物として売り出して成功を納めていたようである。  たぶん、赤福は出遅れていたのであろう、小耳にはさんだ親たちの話では 赤福のばあさんが 御福餅に 敵愾心を燃やしているということであった。

  この ばあさんこそ、フジテレビで昭和50年に放送されたという「赤福のれん」の主人公の8代目社長夫人濱田ますさんであると、最近の読売テレビの報道で知った。このテレビドラマでは、気の毒に御福餅に擬せられた「おか福」は悪いイメージで描かれていたようである。 この報道によると材料入手難から1944年から1949年の間、赤福は休業していたとのことである。

 戦後の復興が進み、世間が落ち着くにつれ 過去のブランドがものを言い赤福が御福餅を凌駕して発展することになった。
 この ばあさんのお孫さんが赤福を大発展させ、おかげ横丁の立ち上げの立役者で伊勢商工会議所会頭をこの騒動で辞任に追い込まれた10代目社長の浜田益嗣氏であり、現11代目社長 典保  氏の父である。 

 益嗣氏がおばあさんからどんな躾を受けたのかは、たぶんいろいろと語られていると思う。 今の現役世代には理解できない砂糖のない、米も欠乏している時代に生きたばあさんは材料を無駄にすることを厳しく戒めたはずである。 使い残した貴重品の餡をすてるこなどもってのほかのことであったかもしれない。 お餅は保存食にできるからこれも再利用を考えても不思議ではない。
 、飢饉にも備えなければならなかった江戸時代を生き抜いてきた、老舗であるから、食べ物を粗末にしないというDNAは赤福家に伝わってきていても不思議ではない。
 ただ、時代が変わって砂糖が悪者にされるような飽食時代に、意識を変えられなかったのが悲劇である。 赤福、御福餅ともトップは世間の言う不正は知っていたと言っておられる。 過去から長い歴史で染み付いた、所謂不正はトップしか改めることは困難である。見過ごしてこられたことが悲劇を大きくしてしまった。
 騒動のおかげで、なつかしい、しかし寂しい思いがする。
 折りよくが折悪しくか、二見中学校の学年同窓会をまもなく有馬温泉で開くことになっているが、このことも話題になろう。

 

 

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