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2007年8月17日 (金)

日射病

 昨日は大阪で38度を超える暑さであったと報道されている。 今日も、堺、大阪とも38度を超える猛暑であった。 全国で多くの方々が熱中症でなくなっておられる。
 この時期になると、小学生の時、日課のようにトンボや、キリギリスをとりに出かけたことを思いだす。家を出るときには、日射病になるから帽子をかぶって行けといつも母に注意されていた。 水筒を提げていけとはいわれた記憶がない。

 いま、熱中症対策として、水分の補給は当たり前のように言われているが、強く認識したのは2000年の夏に米国の砂漠の中の都市フェニックスを旅行したときのことである。

 旅行案内書によるとこの町は「アメリカでもっとも太陽に近い町」だそうで、太陽の日差しがぎらぎらときつく暑いところであった。ただ、「汗になる前に蒸発する」ためかあまり不快感はなっかった。

 ホテルの置かれている旅行者向けのパンフレットには、脱水にならないよう、熱中症に罹らないよう、かかった場合の処置などが親切に書かれていた。 「喉が渇いていないといって油断してはいけない、たえず水をのみなさい」「アルコール類、カフェイン飲料は避けなさい」「砂糖のない冷たい飲み物が体に吸収が早い」などなど。
 これをよむと、炎天下のフェニックスの街を水筒をもたづにあるくのに一種の恐怖感を憶えた。
 フェニックスの観光地のガイドの装束は大して日に当たるわけではない所の案内でも、帽子、水筒などをきっちり整えたものであった。

 今でこそ、日本でも熱中症について、注意を呼びかけられるが、少年時代あるいは、さらに戦前は 辛抱我慢であったように思う。

 

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