« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月21日 (土)

中欧旅行からの帰国

 昨日、旅行社のツアに参加して、10日間で、ベルリン、ドレスデン、プラハ、ウイーン、ブダペストを廻り帰国した。
 21人の添乗員付きの団体で、中高年の女性が大半で、彼女らの元気さには圧倒された。 月一回ていどのゴルフで鍛えるだけでは彼女らの体力、脚力にはついていけないと実感した。

 いづれの都市も路面交通機関が健在で、路面電車は複数編成で走り、バスも連接(2両編成)車両を多く見かけたし、トロリーバスも一部の都市では走っていた。 地下鉄もドレスデン以外は走っている。
 純然たる観光旅行で団体に遅れないよう小走りで後ろからついて廻ったので、交通機関をじっくり観察する暇はなかったが、少しは写真を撮ったので整理して記録したい。

 ベルリンといえば「ベルリン空輸とか壁」、プラハは「プラハの春」、ハンガリーは 対ソ連の「ハンガリー動乱」。 かってこれらの報道を注視したことを思い出しながらの旅であった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月13日 (金)

中欧旅行 第3日 ドレスデン 

 朝、ホテルの窓から外を見ると、薄あかりのなか路面電車、バスが結構頻繁に行きかっているのを見て驚く。 昨夜、おそくホテルへ着いたが入り口の道路は幹線道路沿いでなかったので、まったく違う雰囲気であった。
 朝食後、ホテルの近辺を散歩して 路面電車(低床式電車も混在しているようである)の写真をとる。あさの通勤時間帯であるので、複数編成の路面電車が高頻度で運行されていた。

 午前中は、ドレスデンの市内観光。 戦争で破壊された街を復元したとのことで、落ち着いた古都(ザクセン王国のかっての首都)の風情を楽しむ。 ガイドは若い在留の日本人女性。 街の中心部をエルベ川が流れている。  路面電車は歴史的な町並みのなかも頻繁にはしっていた。

 午後、チェコに向かってバスで移動。 途中で、ドイツの有名な陶器(恥しいことに初耳)マイセン陶器工房を見学。 みやげにするには、重すぎるまえに高すぎ。

  夕刻暗くなってから、プラハのTOP PRAHAなるホテルへ投宿。

 エレベータに特徴?のある規模の大きいホテルであった。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月12日 (木)

中欧旅行 第2日 ベルリン観光

 昨夜のホテル到着は遅かったので、どんなところかさっぱりわからなかった。 朝、ホテルの売店でベルリンの地図を求めて、ホテルの位置をしらべると、ベルリンの南東の端部で近くに、テンペルホーフ空港 があるとわかる。 昨夜到着したのは、ベルリンの北西郊外の テーゲル空港であった。ホテルはビジネス客が主の規模の大きい構えであった。

 ここで、朝食後、ホテルをあとにして、バスで半日、ベルリン市内観光をし、ポツダム、サンスーシー宮殿を見た後 バスでドレスデンへ移動。
 夕食はドレスデン市内のビアホールでとった。 夜遅く、あまり大きくないホテルは入る。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月11日 (水)

中欧旅行第一日 ベルリン着

 これまで、旅行をしても記録を残していなかったので、新たに計画するときの参考にできなかった。 今回は、今日から10日かけて、ある旅行社の添乗員付きツアに参加して中欧を旅したことをおもいつくまでに書き残すこととする。 記憶のうすれないうちに書き足しながら進めてゆきたい。

 旅行日程は、会社のふれこみでは、関空発で、ベルリンまで飛行機、あとはバスでドレスデン、プラハ、ウイーン、ブダペストまで観光しながら移動し、ブダペストから関空へ帰る
ものであった。 しかし、蓋をおけると 自宅から空港バスで直行できる関空でなく、伊丹空港、羽田経由成田発の便となった。 しかも集合は伊丹午前6時15分。

やむなくタクシーで堺市の南区から伊丹空港へ。 余裕をみたタクシーのスケジュールのために5時半ごろ到着、空港は6時オープンのために外で待つことになった。                                                                                        
 集合時刻に勢ぞろいしたのは、21名と男性の添乗員。 3組の夫婦の夫(私もそのひとり)以外はすべて女性、かつ、過半は60歳以上と推定される集団であった。 これなら、ゆったりとしたペースで旅ができると期待した。

 まづ、燃料高騰を根拠とする、航空運賃の付加金(燃油サーチャージ)と空港税として@30100円を旅行社に支払う。 あとは、行程にしたがい、羽田へ飛び、成田へバス移動の後、英国航空(BEA)で、午後13時10分発で、ロンドン ヒースローへ向けて出発。 ここで、便を乗り継ぎ、ベルリンの  空港へ午後10時ごろ着。 空港に待機していたバスで ベルリンの南部に位置するホテルへたどり着く。

 バスはハンガリーのバス会社のものをチャーターしたもので、一人のハンガリ人運転手とともこの時より最終地まで、行動を共にすることになった。 日本人旅行者がバス事故の被害者になる例がときどき報道されているので、交代運転者なしで大丈夫がと心配したが、杞憂とわかる。 

 以下順次、日を追って記録を書き足していく。 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »